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やぎこらむ : 無過失補償制度への逆視点
投稿者 : koume 投稿日時: 2006-12-16 03:00:00 (540 ヒット)

                           山口県医師会報 12月号

 今月の視点


無過失補償制度への逆視点

                                                 産婦人科医 八木 謙



現代、日本は世界水準第1位という安全な分娩が行なわれている国である。しかしそれでも1000分娩に6例の児死亡、1000分娩に1例の障害児、更にその2桁下の確率で極まれではあるが母体死亡が全国で年間100件程度ある。これは半世紀前の日本と比べれば児死亡は1/20、母体死亡は1/50 に減ったのである(障害児については過去の明らかな統計がない)。この成果は分娩が医師の手に移り、その結果、驚異的な産科医療の発達が為されたことによる。今も産科医の日夜を問わぬ努力によってこの数字が保たれていると言って過言ではない。これ以上の数字を出そうと、尚、努力は続けているが、その成果はなかなか数値となって報われて来ない。特に障害児について言えば、6例の児死亡を救おうと頑張れば頑張るほど、障害児の1という数は増えて行くのである。救済しようとした児をすべて正常児産の枠に送り込もうとするのだがその中間の状態で障害児として生き残るものが出てくる。そうした症例も993例の正常児枠の中にあったものから1の障害児枠に送り込んだものととらえ、医師の責任とする。確かに医師のミスによるものもあるだろう。しかし懸命の努力の結果、不可避的に起きたものの方がはるかに多い。この両者の区別なくして、とにかく分娩障害児に金を払おうとする制度は到底容認出来ないのである。



現在、我が国の医師賠償保険の約半額を産婦人科医が使っている。分娩障害児に当てる額がその多くを占める。全体から見て、正当な賠償保険のあり方ではない。これは何が悪いか。産婦人科医が悪い。産婦人科医の腕が悪かったのか。そうではない。産婦人科医の腕の良し悪しは他科の医師と変わる訳がない。悪の根源は産婦人科医が戦わなかったことにある。自分に落ち度が無いと思ってもいても訴えられれば、向こうの言いなりになって金を払って来た為である。そのつけが回って来たのである。



そんな状況の中で考え出された苦肉の策がこの「無過失補償制度」であろう。この制度が実施されれば医師、患者間の不信の溝を埋める大きな第一歩となると期待しているようだが、果たしてそううまく行くだろうか。制度の概要は医師に過失の有る無しにかかわらず分娩障害児に保証金を出す。但し先天異常や未熟児であったものはその適用外とする。資金は医師と国が半々、国に年間60億円の予算計上を求める。



財源の出どころも問題だが、一番の問題は医師に過失が有るか無いかを不問にした点、そして保障を受ける資格が先天性のものは除き、後天的というか分娩がきっかけになった障害児のみと限定された点である。これは声を上げて抗議するものには金を出し、声も上げられないもっと弱者は切り捨てにするのだとみなされる。保障を受けられるものと受けられないものの間に軋轢が生じるのは必然である。更に保障を受けたものも、正式に裁判したより少ない額ではないかと考えるようになると、一時的に訴訟は減少するだろうが、金で黙らされたという不満が鬱積し、後になって集団で新たな闘争を起こしかねない。医師に過失が有ったか無かったか、それを明確にすることが患者にとっても必要なのである。金を支払ったということは非を認めたと認識される。



故武見太郎日本医師会会長が昭和47年作成された「医療事故の法的処理に関する報告書」を引用する。

① 医療事故が発生した場合は、厳格な審査により、医師の責任ありと判断されれば、速やかに、賠償の責めに任ずる

② 医師として過失がないのに不可避的に生ずる重大な被害に対しては、国家的規模で損失補償制度を創設しこれに対する救済を図ること

③ 現行裁判制度と別個に国家機構としての紛争処理機構の設立

①の厳格な審査により過失の有無を判断するとした点が最も重要だと思われる。責任があると判断されれば速やかに賠償責任を負う。しかし責任が無いと判断されれば、あとは国にまかす②。その場合、医師は不当な金銭の要求には断じて応じてはならない。武見氏の理念にこの「無過失補償制度」は反していると思われる。また国が出す保証金の寡多については医師は口を出す立場にない。

 

医師は自らに責任があると判断すればその責を受け、責任が無い時は断固身の潔白を晴らさなくてはならない。

 

そして不幸にして負の遺産を持って産まれた子は国と親だけに任すのではなく、その子をとりまく社会全体が惻隠の情を持ってその子に接する。古来日本の土壌にはその精神があったはずだ。いまそれを取り戻すことが肝要である。これは金で解決できる問題ではない。

 

最後に武見氏の“③現行裁判制度と別個に国家機構としての紛争処理機構の設立”について考えて見たい。この提案のごとく司法と別個の学問的臨床的見識に基づいた強力な事故検証機関の設立が必要と思われる。国家規模によるか学会医師会規模によるかは問わない。現在医師会の維持紛争対策委員会が本当の意味で機能しているとは思えない。機能していると言うなら世界最高水準の日本の産科医療がこの国の医師賠償保険の半額を使っているという現実をどう考えているのか。もっと強力な機関が必要である。あるいは維持紛争対策委員会がもっと強くなるか。今の裁判の最終的な判定は鑑定に持ち込まれる。医療裁判では鑑定医がその裁判判定を左右する。ならば始めからその鑑定医の能力のあるものが事故検証機関において調査にあたればいい。そして裁判にならない事例でも事故検証機関が医師に責ありと判断したら、受け取る受け取らないは別にして患者側に「これは医師に責任があると判断されました。あなた方はこれだけの金額を受け取る権利があります」とこちらから申し出る。そこまでやってやっと医師と患者間の信頼が回復して来るのではないかと思うのである。

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