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やぎこらむ : 妊婦死亡と医師法第21条
投稿者 : koume 投稿日時: 2006-12-26 02:28:30 (548 ヒット)

妊婦死亡と医師法第21条 

                                                          八木 謙

 妊婦死亡をめぐって、業務上過失致死と医師法第21条違反で医師が逮捕拘留されたという事件が報道され論議を醸しています。妊婦死亡はどのような場合に届出が必要なのか考えてみたいと思います。今回は外科領域のものは議論の対象からはずし、妊婦死亡のみに限定して話を進めて行きます。   

 妊婦死亡は1万分娩に1例程度の割合で起こっており、これは1000分娩に6件の児死亡、1000分娩に1件の障害児に比べてもきわめて稀な出来事といえます。しかし稀だからこそ、それに遭遇した時の対処を自分なりに確立しておく事が肝要と思われます。
 医学的処理は悪性腫瘍等の死亡と同じ対応でいいと思いますが、妊婦死亡を異状死と認識して警察に届けるか否かということが問題になります。
 異状死の定義は外科学会と法医学会でその解釈が異なり、現場で混乱が起きているのが現状です。
 医師法第21条の条文は以下のとおりです。“医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届けなければならない”
 これが異状死を届けなさいと言う条文ですが、“異状死”という用語の定義が曖昧で、届出側の主観で判断されることが多々あります。これをいかに客観的に扱うことが出来るかが課題となってきます。

 以下に外科学会、法医学会、両者の主張を示します。

Ⅰ、外科学会
 異状死とは犯罪性があると推測されるもの。医療行為の後の死亡は犯罪性は疑われない。よって疾患が原因での死は警察への届けは必要ない。医療過誤か否かはその後専門的な検討を行って初めて明らかになるものであって死亡した時点での警察への届け出の対象とはならない。疾患の治療として行われた行為による死は異状死の定義に入らない。
 この考え方は明治39年医師法が制定されたときその9条に「異常」と「異状」との違いはありますが現代の21条とほとんど同様の条文が置かれたことに端を発しています。全ての死体は医師が検案し死亡を確認する。その時死体に“異常”を見つければ警察に通報する。死体に変性がおきない24時間以内とした。4ヶ月以上の死胎児もヒトとしての権利をもった生命体であったとして同様に扱った。ここには医療過誤による死という概念はありません。医師の治療の結果亡くなったものに犯罪性は考えられなかったからです。

Ⅱ、法医学会
 法医学会が提唱した異状死の定義
【1】外因による死亡(診療の有無,診療の期間を問わない)
(1)不慮の事故
A.交通事故
運転者,同乗者,歩行者を問わず,交通機関(自動車のみならず自転車,鉄道,船舶などあらゆる種類のものを含む)による事故に起因した死亡.
自過失,単独事故など,事故の態様を問わない.
B.転倒,転落
同一平面上での転倒,階段・ステップ・建物からの転落などに起因した死亡.
C.溺水
海洋,河川,湖沼,池,プール,浴槽,水たまりなど,溺水の場所は問わない.
D.火災・火焔などによる障害
火災による死亡(火傷・一酸化炭素中毒・気道熱傷あるいはこれらの競合など,死亡が火災に起因したものすべて),火陥・高熱物質との接触による火傷・熱傷などによる死亡.
E.窒息
頸部や胸部の圧迫,気道閉塞,気道内異物,酸素の欠乏などによる窒息死.
F.中毒
毒物,薬物などの服用,注射,接触などに起因した死亡.
G.異常環境
異常な温度環境への曝露(熱射病,凍死).日射病,潜函病など.
H.感電・落雷
作業中の感電死,漏電による感電死,落雷による死亡など.
I.その他の災害
上記に分類されない不慮の事故によるすべての外因死.

(2)自殺
死亡者自身の意志と行為にもとづく死亡.
縊頸、高所からの飛降,電車への飛込,刃器・鈍器による自傷,入水,服毒など.
自殺の手段方法を問わない.
(3)他殺 
加害者に殺意があったか否かにかかわらず,他人によって加えられた傷害に起因する死亡すべてを含む.
絞・扼頸、鼻口部の閉塞,刃器・鈍器による傷害,放火による焼死,毒殺など.

加害の手段方法を問わない.
4)不慮の事故,自殺,他殺のいずれであるか死亡に至った原因が不詳の外因死
手段方法を問わない.
【2】外因による傷害の続発症、あるいは後遺障害による死亡
例)頭部外傷や眠剤中毒などに続発した気管支肺炎
  バラコート中毒に続発した間質性肺炎・肺線維症 
  外傷,中毒、熱傷に続発した敗血症・急性腎不全・多臓器不全
  破傷風、骨折に伴う脂肪塞栓症など
【3】上記【1】または【2】の疑いがあるもの
外因と死亡との間に少しでも因果関係の疑いのあるもの.
外因と死亡との因果関係が明らかでないもの.
【4】診療行為に関連した予期しない死亡、およびその疑いがあるもの
(1)注射・麻酔・手術・検査・分娩などあらゆる診療行為中,または診療行為の比較的直後における予期しない死亡.
(2)診療行為自体が関与している可能性のある死亡.
(3)診療行為中または比較的直後の急死で,死因が不明の場合.
(4)診療行為の過誤や過失の有無を問わない.
【5】死因が明らかでない死亡
(1)死体として発見された場合.
(2)一見健康に生活していたひとの予期しない急死.
(3)初診患者が,受診後ごく短時間で死因となる傷病が診断できないまま死亡した場合.
(4)医療機関への受診歴があっても,その疾病により死亡したとは診断できない場合.
場合(最終診療後24時間以内の死亡であっても、診断されている疾病により死亡したとは診断できない場合).
(5)その他、死因が不明な場合.



 以上が法医学会が提唱した異状死の定義です。法医学会の方が客観性には優れています。しかしすべての外科手術に適用出来るかという点で疑問が残ります。
 では妊産婦死亡はどうすればいいでしょう。
これを外科学会の定義で行くと、妊婦の死亡は医学的説明が付けば届け出の必要はない。もし犯罪性が疑われれば届ける。そうでなければ届けなくてよい。

対して法医学会の定義で行くと“注射・麻酔・手術・検査・分娩などあらゆる診療行為中,または診療行為の比較的直後における予期しない死亡”と明記されていますから分娩中、分娩直後に死亡したのは異状死の定義に入ります。通常お産で死ぬとは予期していませんから。
 ここでどちらが正しいか議論するつもりはありません。この決着が付くにはまだまだ時間が掛かるでしょう。決着が付くのを待っていられない。現実問題として実際に妊婦の死亡を24時間以内に届けなかったとして捜査、逮捕、拘留という事件が起こっているのです。
 法医学会は妊婦死亡は全例届けろ。外科学会は病死ということがはっきりしている場合は届ける必要はない。と言っています。さてどうしましょう。

判断に迷いますが、死体を見たとき、一方の解釈では異状死でない、一方の解釈では異状死であるという症例は、届けるしかないと思います。両方の解釈とも異状死でないとされるものは届けないとする。
 結論は妊産婦死亡に限っては言えばこれを見たらすべて警察に届ける。思案している暇はないのです。24時間しかありませんから。

児死亡と医師法第21条

児死亡について触れておきます。法医学会の異状死の定義、“分娩などあらゆる診療行為中,または診療行為の比較的直後における予期しない死亡”とは母体のことを指しているのであって胎児の死は含まれてないとみていいでしょう。生産か死産かは自然現象の中で起こる確率の問題であって、法医学が関知することは少ない。特別犯罪性の疑われる嬰児の死体を検案したときのみ届けるのでいいと思われます。



憲法第38条と医師法第21条

外科学会の考え方の基本は“犯罪は届ける”です。その疑いのあるものも届ける。そこで医師に責任がかかってくる業務上過失致死というものを考えてみます。
 業務上過失致死というのは法的な意味で犯罪です。刑法上、業務上過失致死罪という罪名になります。自動車事故を例にとってみます。自動車の運転は危険を伴います。通常以上の注意を払わなくてはならない。注意を怠って車で人を死亡させたのは犯罪となる。医療行為も危険を伴います。一般人が不注意で人を死なせたのではかからない業務上過失致死罪が医療行為中の医師には科せられている。死体を検案したとき、他のはっきりした原因でなく自分の業務上過失致死罪の疑いがあるとして出届け出をしたら、これは犯罪を自白、あるいは自分の行為が犯罪の可能性があると告白することになります。一方で憲法第38条“何人も、自己に不利益な供述を強要されない”という権利の保障があります。この憲法上の保護から業務上過失致死罪の嫌疑をかけられるおそれのある医師に届出は強制出来ない、つまり届ける必要はないという解釈が出されました。

しかしこの解釈は最高裁で退けられました。広尾病院の事件です。憲法第38条をもって医師法第21条を免除することは出来ない。医師は自分が罪に問われようがいまいが異状死の届出をしなくてはならない。法廷では外科の言い分は通っていません。異状死の定義も法医学会のものを採用している。そういう裁定は出ましたが憲法第38条自体が生きていることは事実です。医師は本当に憲法38条に守られていないのか。今後も議論が続くでしょう。

では具体的にどうすればいいか。憲法第38条を擁護しつつ医師法第21条も守る。そのような試みをしてみました。以下は山口大学法医学教授藤宮龍也先生の協力を得て作成した妊婦異状死体届けです。
 文中に自分は医療過誤と認識していないと明記されています。この届けは業務上過失致死罪の自白ではない。これで憲法38条は満足されました。更に現実に異状死体は警察に届けた。これで医師法第21条も満足させている。届けた目的は犯罪捜査の為でなく死因究明の為の「行政(公費)承諾解剖」の要請である、と目的意識もはっきりさせました。

これは産婦人科医会山口県支部のホームページからもダウンロード出来るようにしてあります。

 

 

24時間以内の届け出ですので文章である必要はありません。ただFAXで送信される方が正確に伝わると思い上記書面作成しました。ご利用下さい。

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